ディアパゾン−世界に響く神の歌−
「必要とされたいなら、そういう自分を作っていかなきゃね」

アナは無理やり自分を鼓舞して気持ちを落ち着ける。

風に乱される髪を押さえようとして、台所から盆を持ったままここまで来てしまっていたことに気がつく。
アナは盆を顔まで持ち上げた。

「こんなことにも気付かないくらい、なにに動揺してたんだろうね。あたし」

盆に話しかけるように自嘲気味につぶやいたとき、アナがよろめくほどの突風が吹きぬけた。

アナがはっと気付いたときには、風に吹き飛ばされた盆はだいぶ遠くに行ってしまっていた。
地面に落ちた盆は、割れてしまいはしなかったが、丸い形のせいでからからと音をさせて岩肌を転がっていく。
アナは慌てて追いかけた。

岩肌を覆う大小さまざまな砂利石はアナの足を容易にすくい、何度も転びそうになる。
しばらく転がった盆は、幸い岩の裂け目に嵌ってようやく止まってくれていた。
それでも風にカタカタと揺れる様子は、また飛んでいってしまいそうでアナを焦らせた。

こけかけた時に砂利で切った手の平の傷がひりひりとするのに目を瞑って、アナは逃がさないように両手でがっしりと盆の縁を掴んだ。思わず重いため息が出て、その場に座り込んでしまう。

盆が引っかかっていたのは、腕一本がようやく入るほどの細く深い裂け目だった。
岩の小さな出っ張ぱりがなければ、盆は奥まで落ちて拾えないところだったかもしれない。

そんなことを思いながら裂け目の奥を覗き込むアナの目に、何かがきらりと光るのが見えた。
岩の裂け目の奥、細かな砂利に埋まって片鱗しか見えないが、昼の光を反射して光っているものがあった。

アナは何かの鉱石かもしれないと期待しながら、盆を小脇に抱えて反対の腕を差し入れる。分厚い上衣の袖がひっかかり、中の服ごと捲り上げて手を伸ばすが、まるで獣の口の中に手を入れているかのように、牙のように尖った岩がアナの肌を引っかいた。

指先がつるりとしたその表面をなでた。
アナはもう一息と腕を伸ばす。
何かを掴んだ感触と引き換えに、今までより鋭い痛みが腕の内側を刺した。
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