ディアパゾン−世界に響く神の歌−
「痛っ」

アナが声を漏らして腕を引き抜いて傷を見たとき、ソレは手の中にあった。
アナがこれまで見たこともないものだった。
あるわけはないと思いながら、

「貴族の落し物?」

と思わず声に出していた。

手のひらほどの大きさでいびつな形をしたそれは、透き通った宝石で出来た薄い板の欠片だった。

割れてしまったのだろう…元の形は想像できなかったが、つるつるとした表面は明らかに加工されたもので、均一な薄さに仕上げられている完成度をみても、これがただの破片ではないことを予感した。

(こんなとこに人が来るの?)

地元に住むアナですら、今日のような予期しない出来事がなければ決して来ない道もない荒地だ。

たとえば何者かがこれをどこかから盗んで逃げたのだとしても、この先は誰も立ち入れない険しいムイの山だ。獣一匹うろつくこともない山に、まず人が近づくことなどないし、越えようと試みて成功した者も戻った者も一人としていないという。


純度の高い鉱石でもこれほど透明度の高いものがあるだろうかと、その透き通った美しさに見とれるが、それは明らかに普通の鉱石とは違っていた。
その板は青い空に透かせれば水色と混ざった緑色に、地面に透かせれば地面の灰色をすかした黄色にとさまざまな色に移り変わっていく。
なんて不思議なものだろう、とアナが思ったとき、灰色だった欠片は薄い朱色に染まった。
< 16 / 55 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop