ディアパゾン−世界に響く神の歌−
種蒔きの時を迎える祭りが終わり、酷寒の季節がようやく終わったと、そこここで人々が頬をほころばせた矢先、季節が戻ったような寒風が吹いた。
人影もまばらな、ガイソールの石造りの町並みの灰色が夕闇に沈む頃、宮殿に程近い大きな邸宅の門を足早にくぐる者の姿もまた人知れず闇に溶けていった。
豪奢な邸宅の奥の離れ――幾重にも重ねられた暗い垂れ幕の内は、独特の香煙に沈んでいた。
聞き取れず、意味もわからない言葉が、煙と一緒に満ちている。そう広くはない空間に人影は二つ。歌うような声が止んでしばし。
「──ダリル様。この箱の欠片の一つは、フチ地方にあるようです。今ある欠片と同じ波が、フチから感じられます」
魔術師のみが纏う暗色のローブの、顔ものぞけないほど深くかぶったフードの奥からひどく疲れたような声が漏れた。立っていることさえ耐えられないというように、その体が崩れ落ちる。濃密に漂っていた煙が逃げるように流れた。
「ふん。フチか。意外と近いところにあったな。もっと詳しくわからんのか」
流れてきた煙を嫌うようにもう一人の人影は口元を手で覆って、倒れた者を気遣う様子もなく不機嫌そうに訊ねた。
ダリルと呼ばれた、その壮年の男は床に広がるローブの前に置かれた、透明な何かの残骸のようなものに目を落とす。
それはガラスや宝石で作られた物のようでいて、さまざまな色に移り変わってぼんやりと輝いてダリルの目を細めさせた。
「東の国境の河、モルガの近く。ジュエかジュカイの村のあたりだと思われます。ただ、何者かが箱に響いているような。欠片の放つ波を乱していて、正確な場所がつかめません」
上体を支えることが精一杯といった様子で、魔術師は座り込んでうつむいたままようやく答える。