ディアパゾン−世界に響く神の歌−
アナは一人部屋に戻って旅の支度をした。
アナは年に数度、品物を卸しに行くためジュカイから一番近い都であるマリまで行くことがある。
安全な街道を行くだけの道のりではあるが、叔父からしっかりした旅支度を仕込まれた。
自分の細工道具、着替えと身の回りのもの。そして街道に時に現れる獣よけの道具と一緒にしまってあった短剣を手にとった。
アナが使う短剣は父にもらったものだ。隣国との小競り合いが続いていたからなのか、たまに帰って来る度に父はアナに剣の手ほどきをした。
しかしそれはアナが上達する前に終わってしまった。父の戦死という悲しい形で。
戦争で身内を亡くしたのは自分だけではない。
それが味方であるはずの皇弟によって命を奪われたのだと知っても、アナはまだ現実味がなかった。
欠片を捨てることで、父や叔父の無念を少しでも果たすことができるのだろうか…。
アナはポケットからそっと破片を取り出し、ぐるぐると布でくるみながら、明日のことを考えた。
今度はつものマリの街に行くわけではない。
五年前のモルガ渓谷の戦いの後、隣国アシェントラとは停戦条約を結んで、一見友好的にしている。それでも過去に戦場となった国境のモルガ渓谷はいまだに不安定な場所だ。
アナはただ1人、知らない場所に旅立たねばならない不安をぬぐい去ることもできず、坦々と旅支度をするしかなかった。