ディアパゾン−世界に響く神の歌−
3
翌朝はめずらしく遠く海の辺りに雲が広がって、もしかしたら晩には村に久しぶりの雨が降るのではないかと思わせるような空模様だった。
旅には不向きだが、貴重な雨雲は吉兆のような気さえした。
「叔父さん。数日留守にするけど、大丈夫?」
アナは土間で丈夫な皮の長靴を履きこみながら、後ろに声をかけたが返事は聞こえてこない。
(いつもの事とはいえ…なにか一言あってもいいのに)
腹を立てるほどでもないが、思わず小さくため息をついた。
しかし身支度を整えて振り返ると、そこには心配げな表情をした叔父の姿があり、少し驚く。
「…私は大丈夫だ」
いつもより弱い調子の短い言葉。
けれど叔父の目からは言い尽くせない思いが溢れるように伝わってきて、アナは小さく笑った。
言葉を飾らない叔父の実直さは、アナに不思議な安心感を与えてくれる。
「あたしだって大丈夫よ」
数日のことと思うのに、寂しく名残惜しい気持ちになった。
そろそろ出なければ、ウーダンが叔父を迎えに来るだろう。出来ればかち合いたくない。
気のよさそうなウーダンの顔を前にして、アナはうまく嘘をつく自信がなかった。