ディアパゾン−世界に響く神の歌−
この部屋の中にアナが着ていた服も背負っていた鞄も見当たらなかった。

鞄は流されてしまったかもしれない、と考えたところではっとする。


鞄の中には、あの欠片をしまっていた。割れないように布にくるんで入れていたけれど、こんなことなら袋にでも入れて首から提げておけば良かったと後悔する。


『あなたの服は汚れてしまっていたので…勝手ながら洗わせてもらいました。すぐ、取ってきますから。
荷物も引き上げてありますよ』

男はそう言うと、足早に戸口を離れる。

アナは荷物が無事だと知って、一気に安堵のため息をついた。

(もしかして…とてもいい人に助けられたのかもしれない)

程なくして部屋に戻ってきた男は、今度は姿も見せず戸の隙間からアナの服を押し入れてすぐに戸を閉めていった。

さっき見た顔は二十歳を超えたくらいの男に見えたが、挙動は怯えた子供のようだと思ってしまう。
アナとしても、見知らぬ場所で目覚め、あまつさえ若い男性に裸を見られたかもしれないショックがなかったわけではないが、ああも怯えた態度を見せられるとなんだか複雑な気分になった。

アナは足音が遠のいてから、おずおずと戸のところに服を取りに行った。
いそいで服を身につけると、服は男が言っていたように洗ってきちんと乾かされ、いつもより肌触りがいいんじゃないかと感じるほどだった。

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