先生~あなたに届くまで~
先生の言葉にじっと耳を傾けていた。
真面目な話をする先生の声は
いつも以上に心地がいい。
私はぽつりと呟いた。
「“思へども 験(しるし)もなしと
知るものを 何かここだく
我が恋ひわたる"」
「万葉集第4巻。658番。
大伴坂上郎女の歌?」
先生は驚いた顔でこちらを見ている。
「先生全部覚えてるんですか?」
驚いたのは私の方。
まさか先生からそんな返事がくるとは
思ってもみなかった...。
先生は私があまりに驚いた顔を
しているから自分の驚いた顔をふっと笑顔に変えた。
「まさか全部覚えられるわけないだろ。」
そう言ってまたふっと笑う。
「俺の知ってる人も
その歌好きだったんだよ。
切ない...歌だよな...。」
先生は本当に切なそうに笑った。
「“どんなにあなたを想っても
仕方がないとわかっているのに...
どうしてこんなに
恋しく切ないんでしょう"」
その切なそうな顔を見ていると
つい歌の意味を口にしてしまった。
呟いた自分の声にハッとして
「そんな訳でしたよね?
これ詠んだ時に
あぁ昔も今も人の想いって
変わらないんだぁって
改めて感じたんです。」
私は慌てて言葉を続けた。