先生~あなたに届くまで~
先生は焦る私なんて
まるで見えないかのように
遠い目をして呟く。
「“我が背子(せこ)が 帰り来まさむ
時のため 命残さむ 忘れたまふな”」
「えっ?」
まるで遠くにいる人に
言っているようだった。
「先生?」
「何でもないよ。
さあ俺は本受け取って戻るかな。
お前も気をつけて帰れよ。」
そう笑顔を残して
ひらひら手を降って去って行った。
私はその背中を見送った。
「なんて言ったの?」
その背中に質問する。
もちろん返事なんてない。
聞こえてもいないだろう。
私は万葉集関係の本を探し始める。
思っていたより
古典系の本は多くて探すのに手間取った。
ずっと見ていくと
1冊分の隙間ができた横に
万葉集解説的な本があった。
隣の本は先生が持って行ったのだろう。
「って言っても何巻の歌なの?」
パラパラ捲るとはらっと1枚紙が落ちた。
その紙に目をやる。
「あ。」
その紙はいつも社会科準備室で見ていたもの。
先生のメモ用紙だ。
私は本に視線を戻した。
「あった。」
そこには先生が呟いた歌があった。