スマイリー
藍はしばらく座りこんでいたが、進を見上げると、おもむろに立ち上がった。目線は進より少し下にある。5センチほど進の方が高い。
藍はそのままにこりと笑顔を見せた。太陽の光を夏中蓄えたひまわりのような、エネルギーにあふれた笑顔だ。
「今、進に抱きついて『あたしも進が好き』って言うのは簡単。反対に『あんたなんか嫌い』とか言って、進にビンタするのも簡単」
「え?あ、あれっ」
藍が話しだした瞬間に、視界が曇りだした。
すりガラスのようにもやがかかって、今まではっきり見えていた机や、ロッカーや、藍の顔の輪郭がぼやけている。
「でも、進が答えを聞くべきなのはこの“あたし”じゃないでしょ」
藍の言葉に耳障りなノイズがかかっている。
まるで夢の中にでもいるみたいだ…そう思ってすぐに納得した。
終わりが近いのだ。
「でも、今の“あたし”に言えることもあるわ。きっと未来のあたしもそう言うし。ねえ、進」
五感が薄れる中で、藍の手が進の頭に乗せられた気がする。
藍の顔も、もうよく見えない。
でも笑ってる。
ひまわりのように。
「…ありがとうっ」
「藍さ…」
「はーい、静かに。答え配るぞー」
進が叫ぼうとしたときには、担任の岡田がプリントを配り始めていた。
教室内の喧騒に紛れて、わざわざ机の前に回り込んできたあきらの顔を進は捉えた。
「おはようさん、進」
帰ってきた。未来に。