スマイリー
進も、市川藍のことを慕っていた。

藍にとって中学、高校と通じての後輩である進は弟のような存在で、やはり弟のように可愛がられた。

『何かあったらすぐ連絡しなよ?』というのが彼女の口ぐせだった。


だからというわけではないが、彼女が男と歩いていたというあきらの話は、進をなんとなく複雑な気分にさせる。

「…なんとも思わないのかな?前島くんは」

からかうようにあきらがにやっと笑った。

「なんて思えばいいんだよ」

進も平静を装って笑顔を見せた。

もちろん、なんとも思わないことはない。藍にその気がなくても、藍は美人なのだ。



入学当初、進と藍の仲を知る人間は少なく、ふたりの関係が部内で噂になった事があった。

藍は、よくあることだし気にすることはない、と、慣れた様子だった。

弟なんだから、という含みを、進はそのセリフから読み取った。あなたは弟だから気にしなくていい、と言われているようだった。藍に、自分との間に明確な‘一線’を引かれたような気がした。

「よくあること」という藍の言葉にえもいわれぬ悪寒を覚えた。


1週間ほどで噂は思いのほか早く終息したが、気が付くと進は、自分は藍をどう思っているのか、きちんと理解できなくなっていた。

自分を自分で理解できないまま、市川藍は引退し、あっという間に卒業してしまった。


それからさらに半年経ち、彼女の記憶は都合よく薄れていっていたのに。
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