スマイリー
5分か、10分か、いや、もっと随分長い間、ふたりは無言で向き合っていた。



「…で?」



腕を固く組んだまま、憮然とした表情を顔に張り付けているのは、他ならぬ市川藍その人。



「…なんなのよ?」



実に十数分ぶりに発せられたセリフには、進が返答できないほどの重厚な威圧感が宿っていた。



「怒らないから言ってみなさい」



全体的に平凡としか言い様のない自分のステータスには心から納得しているものの、自分はたまに自分でも驚くほどの行動力を見せることがあった。そういう自覚は少しあった。



「ホントに…突飛すぎるのよ、あんた。何か言い残したことでもあった?」



そう聞かれると、ますます言葉に詰まるのに。



言い残したことがあるか?



進の心の奥底は、ずっと同じ返答だ。「もちろん、ある」。



表面だけで否定しても、何も変わらない。今の進の気持ちが曖昧でも、あの日の進の気持ちはまっすぐだったから。



昨日の夢で思い出してしまったから。



「進?」



「…あの」



「うん?」



進の中に葛藤はあった。有華の存在、大地のこと。あるいは単純に、昔のことを告白しても意味がないからという、もっともな理屈が、進の言葉を詰まらせていたのかもしれない。







「好きでした、その、藍さんが」



でも結局は、言わないとなんだか気持ち悪い。



思い出してしまったからにはそれなりのケジメをつけないと、あんな夢を見た意味が解らないし、そもそも有華と正々堂々恋愛できないような、勘違いにも近いプレッシャーをずっしりと感じてしまっていた。



人間、追い詰められないと行動できない。それをたった今立証してしまったかのように、言葉は意外にすんなりと口をついて出た。



反対に、藍は黙ってしまったけれど。
< 147 / 278 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop