スマイリー
美紅に教えてもらった有華の住所は、進の帰宅の通り道ではなかった。


帰宅の際にいつも乗るのとは違う方面の電車でひと駅。下車してさらに徒歩5分。

大通りから少し奥に入った道沿いに、大崎家はあった。



あきらは、電車に乗るときに帰らせた。あきらの家は遠く、電車代もひと駅とはいえ、ばかにならないからと、説得して帰ってもらった。


多少文句をもらったが、
「ま、俺は大崎狙ってないからいいけど」

と、意外にもさっぱりした口調とニヤニヤ顔で承諾してくれた。



…よく考えれば、不可抗力でも事故でもなんでもない。

自分が自分のわがままで作り出した事態だ。


我ながら自分の行動力に驚かされた。しかし、これは決して有華が好きだからではない。

進自身が奮い立つきっかけをくれた有華に、面と向かってちゃんとお礼を言いたいからだ。あきらがいると、なんとなく場が真面目じゃなくなってしまうからだ。だから帰ってもらったのだ。


自分に言い訳をしているみたいで、進はひとりで赤面した。


ここでつっ立っていても始まらない。意を決し、進は家のチャイムを鳴らした。


ピンポーンとごくありきたりな呼び出し音に、変に緊張してしまう自分が情けなかった。


『はい』


インターホンから聞こえた女性の声は、有華であるとはっきり認識できるものではなかった。


有華の母かもしれないし、もしかしたら姉妹がいるかもしれない。そんな思いが一瞬で進の頭をめぐった。

「あ、あの、有華さんの友達、あ、いや、クラスメイトの前島です」


『ああ、進じゃない。ちょっと待ってて』


声の主は有華だった。挙動不審な自分のしゃべり方を、進は猛省した。
< 16 / 278 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop