スマイリー
12 回想・桜井敬太
家の玄関を開けると、焼きそばのいい匂いが進の嗅覚を刺激した。



「ただいま」



「お帰り。お昼できてるよ」



母の清美の声が台所から聞こえてきた。



進は荷物を下駄箱の前に置いて、ダイニングに向かった。



テーブルにつくと、すでに皿の上には焼きそばが一人前盛ってあり、清美は進に背を向けて洗い物をしていた。



「母さん」



「何?」



清美はこちらを振り返ることなく、淡白な返答をよこした。



「俺、帝二受けるわ」



「そう。頑張りなよ」



「落ちても後期で西京受けれるから」



「あんた、落ちたときのこと今考えてどうするの」



洗い物の手を休めずに、清美はやはり淡白な口調で進に言った。



「まぁ、そうだな」



「滑り止めの私大はどうするの」



「母さんだって落ちたときのこと考えてるじゃん」



「あはは。ごめんごめん」



「センターの出来が異常に良かったから、そこそこの私大だったら試験なしで受かるよ」



センター利用という制度がある。私立大学の多くは、センター試験でいくつかの教科を指定し、その合計が高得点をマークした場合、試験免除で合格としてくれるのだ。



「そこそこってどれくらいよ」



「県内なら関南大学も受かる」



「本当?すごいわね。関南でいいの?県外でもあんたひとり行かせるくらいのお金はあるよ」



「いい。帝二か西京で絶対受かるから。万一の滑り止めだよ」



「ちょっと前まで関南もC判定止まりだったのにねぇ。お父さん帰ってきたらちゃんと話しなさいよ」



「了解」



ぼやき口調の清美だったが、その背中はどこか嬉しそうだった。
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