スマイリー
自室に戻った進は、魔法の解けたマリオネットのようにベッドに倒れ込んだ。



ひとりになると、先刻の有華との会話が否応なしに思い出されてしまう。



明らかになった、有華が西京に行く理由。彼女が進に向かっては理由を言いよどんでいたわけも、はっきりした。



「敬太先輩…そういえば西京だったな、あの人」



桜井敬太は、1年前の陸上部の男子部部長で、短距離の選手だった。ひょうひょうとした性格の大地とは違い、真面目で優しく、藍と並んで陸上部の柱と呼ばれる人物。



「はっきり言って釣り合い過ぎだよ…めっちゃ良い人だったしなぁ」



積極的に後輩に話しかけ、可愛がってくれる大地とは違って、敬太はいつもにこにこしているだけで口数も少ないし、部活の事務や練習に関することでしか話しかけられたことはなかった。



もちろんこちらから話しかければ応えてくれるが、委員会で練習に来ないことも多く、どちらかといえばおとなしい優等生のイメージが強かった。



それでも部員の信頼は厚く、当時の3年生が引退したとき、全員一致で敬太は男子部部長に選ばれたのだ。



厳しい藍の統率力とは真逆。その憎めない物腰といつもにこにこ笑っているその表情のせいか、部員はまとまっていないようでちゃんと敬太について行く。



これもある意味リーダーシップだ、と大地が笑いながら言っていたことを思い出した。



進は、種目が違うこともあってあまり敬太との関わりはなかったが、一度だけ敬太が引退してから、ふたりでちゃんと話したことがあった。



「懐かしいな」



そのエピソードは、進が2年生でまだ成績の悪くなる前の時代。夏休みが終わったばかりの放課後のことだった。
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