スマイリー
自分は淡いピンクの傘をさして、進の胸の前にビニル傘を差し出しているその姿は、紛れもない市川藍その人だった。



「はい」



「何やってるんですか」



「いいから」



無愛想に傘をぐいぐいと進に押し付ける。されるがままに進が受け取ったのを見ると、藍はくるりと身を翻して、人波に逆らうように駅の方へ歩いていく。



「藍さんっ」



思わず呼び止めた。藍は足を止めて、進を振り返る。



「何?」



「髪、切りました?」



「…風邪ひくんじゃないわよ。会場ついたら係員か誰かにタオルもらって体を拭くこと」



藍はそれだけ言うと、また歩き出した。藍の綺麗な黒髪は高3のときの、肩に届くか届かないかという長さに戻っていた。



藍が2、3歩歩くとたちまちその姿は他の受験生の人混みに紛れて見えなくなった。



進はそれを見届けると、ビニル傘をさして、再び会場を目指した。



緊張感はいつの間にか消えていた。
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