スマイリー
「ぼーっとしてる」



有華の声に気付くのには、有華の鼻息が進の左の頬に当たるほど有華が進に顔を近づけてから、なお数秒を要した。



「わっ!」



驚いて顔を離す進を、有華はむっとした表情でにらんだ。



「その反応ちょっと傷つくんですけど」



「今のは絶対にお前が悪い。わざわざ顔を近付ける必要はないだろ」



「呼んでも反応ないんだからしょうがないじゃん」



“名前を呼ぶ”と“顔をゼロ距離まで近付ける”との間に、もうワンクッションあっても良いだろうに。そう思ったが、話がこじれるのでその発言は心の内にしまっておいた。



「ね、あたし東大受かっても陸上やろうと思うんだけど」



有華は子供のように目を輝かせて、進に言った。



敬太が西京で陸上をやらないか、と、有華を誘っていたのは敬太本人から聞いていた。



敬太は別で目的があったようだったが、何にせよ有華自身が陸上に興味を持ってくれたのは進も嬉しかった。
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