スマイリー
進がお気に入りの飲み物のボタンを押す前に、後ろから勢いよく伸びてきた指が、ホットココアのボタンを先に押した。



有華だった。



「よっ、前島ぁ」



有華の声と、釣り銭の落ちてくる音が虚しく昇降口に響いた。



「おごるなんて言ってないけど」



「100円でぐだぐた言うなんて器小さいぞ?」



いつもの笑顔を見せられると、怒る気も失せる。



校内の自販機は、外と比べて割安だ。缶は100円、ペットボトルは130円で売っている。



進は釣り銭から100円玉を一枚拾い上げて再び投入口に入れ、無糖のコーヒーを買った。



「よくそんなの飲めるね」



「これがないと午後寝ちゃうんだよ」



そう言って進は取り出し口からココアとコーヒーを出し、ココアを有華に手渡した。



「お金出すよ」



「器小さいとか言われて受け取れるか、そんなもん」



「じゃあ遠慮なく。って言うか、進とは久しぶりに会った気がするなあ」



有華とは、あきれるほど何の進展もない。有華の言うようにこの日話すこと自体久しぶりで、クラスが同じであるのが進には信じられないほどだ。



「ん…机離れてるしな」



「まぁ、良いんだけどね。最近どう?勉強の調子は」



有華はホットココアの缶を右手から左手、左手から右手へころころ転がしながら、進の顔を覗き込んだ。



「点数は上がって来てるけど、まだ全然だよ」



進は頭を掻いてバツが悪そうに答えた。



確かにセンター試験対策問題の出来は、徐々に良くなってきていた。



英語の伸びが少し出てきたという実感はあった。いつも時間切れで点数を落としていた進は、問題を解く順番を変えてみた。



配点の高い長文問題から解くことにした結果、20点近く点数が上がったのだ。



「英語が上がったんだ。あたしのおかげかな、やっぱ」



「なんでだよ」



その通りだと言いたかったが、さすがにそんな勇気は持ち合わせていなかった。



金髪男に一撃を食らわせてやった時の勇気が、今欲しい。そう思った。
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