スマイリー
「上がったには上がったけど、もとが悪いんだ。他の教科もボロボロ」



ブラックコーヒーを一口飲んで、進はぼやいた。有華を前にして、また長々と不満をぶちまけてしまいそうになるのを進は我慢した。



後ろ向きな感情が、まだ少なからず渦巻いているようだった。有華の笑顔にその逃げ道を求めている弱い心の存在を、進は十分過ぎるほど自覚していた。



「そうかぁ。でも数学は良かったんでしょ?」



有華は相変わらずココアの缶を手のひらの上でころころ転がしながら、進の話に耳を傾けている。



「まあ、それなりに。まだ伸びる余地はありそうだけど」



「ふぅん、そっか。他の教科はどうなの?」



有華は缶で遊ぶのをやめて、今度はその缶を自分の右頬に当てた。



本当は、悩みや不安を1教科1教科聞いて欲しかった。でも、有華に頼りきっているようで、情けない。



「とりあえず、英語をもうちょっと頑張ってみる。英語が上がれば他も上がるって言うし」



あきらのセリフを思い出して、そのまま引用してみた。内心と食い違った言葉は、逆に自分に言い聞かせるような形となった。



秋風がふたりの間をすり抜けて、またも木々の紅葉した葉を何十枚も落としていった。



有華は、向かい合っていた進の隣にぴょんっと跳び移るように並ぶと、自販機にもたれ掛かって空を眺めた。



「前向きだなぁ、進は」



小さくため息をついて、有華が呟いた。



有華は笑っていたが、進が今まで見たことのないような寂しそうな笑顔だった。
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