スマイリー
「進もさぁ、西京受けるんでしょう?」



有華は、ココアの缶の飲み口にその薄いピンク色の唇を付けた。



妖艶とは少し違うけれども、それに近い何か、異性を惹き付けるものを強く感じさせる。



「分からないよ。西京どころか、心学社もE判定だし」



「え。そう、なの?」



有華は一瞬の動揺を見せた。



有華は進が西京を一応の志望校としていることを知っているようだったが、まさか最低のE判定をとっていることまでは予期していなかったようだ。



C判定やD判定であれば勉強次第で逆転合格の余地は十分にある、というのが受験生一般の認識である。



しかし10月、11月の時点でE判定となると、志望校を変更するのが普通だ。



だから、有華もおそらくは、進が悪くともCあるいはDの判定を受けていると思い込んでいたのだろう。



進はというと、勉強のできた過去の自分を未だに引きずっていた。



そのせいで、3年の夏前の模試で両方ともE判定に下がってしまってからも、ずっと西京大の経済学部と心学社大の法学部を志望校とし続けていたのだった。



「あの、ごめんね、進?あたし」



「あ、大崎。お前今、俺が受からないって思っただろう」



「お、思ってないけど」



有華が自分に気を遣っているのが分かった進は、わざと冗談めかして返答した。



「言っておくけど、まだ諦めてないよ。E判定は“良い判定”。岡田さんが言ってたじゃないか」



「でも、それ言ってたのって何ヵ月も前じゃん」



そのセリフが、担任の岡田が、まだまだ逆転する時間があった夏休み直前に言い放った言葉であることは、進も重々承知であった。



「とにかく、ぎりぎりまで西京を狙いたいんだよ。3年の春までは合格圏内だったんだ。なんとか取り戻してみせる」



そう強がってみた進だが、なんの根拠も説得力もなかった。



「進って、もっと冷めた人だと思ってたけど、全然違うね」



有華が呟いた。さっきよりは弱い風が、さぁっと2人の前を横切って、木々をざわざわと揺らしていった。
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