スマイリー
始業5分前のチャイムが鳴った。



「あ、しまった。昼休みに古単語やるつもりだったのに」



次の時間は国語のテスト対策だ。進は、昼休みや休み時間、行き帰りの電車内のような細切れの時間帯では、古文の古単語や、英単語などをなるべく覚えるようにしていた。



「…その意気込みならきっと西京も受かるよ」



有華が進に笑いかけた。気遣いでも、冗談でもない、優しさと暖かさと、確信に溢れた笑顔だった。



「サンキュー。授業始まるな。行こう」



そう言って進は立ち上がったが、有華は立ち上がる気配がなかった。



「おい、大崎?」



「あぁ、あたし職員室に呼ばれてるから。少し遅れて行くね。岩田先生に言っといてくれるかな」



「ん、分かった」



進はそのまま自販機の裏側にある昇降口から校内に入ろうとした。



「あ、ねぇ、進」



進が振り替えると、有華はまだ座ったまま自分を見上げていた。



「あたし、西京より下には行かないから」



「そっか。何で西京にこだわってるかは知らないけど、誰も大崎に文句は言えないよ。頑張れ」



「うん。話聞いてくれてありがと」



進は、小走りで昇降口を横切った。廊下を抜け、階段をのぼり、教室のある3階に向かった。



多分、今頃有華はさっき言っていたように、またも学年主任に東都大受験を打診されているのだろう。



教師の権力というのは恐ろしいが、有華はきっと屈しないだろう。西京で何かやりたいことがあるんだ。



そう考えると、大したビジョンもないのに何となく西京を志望し、しかも最悪のE判定を取り続けている自分が、何だか恥ずかしかった。



「もっと、勉強しないとなぁ」



西京に行く理由が見つかった気がした。理由が見つかればやる気も出る。



「行きたいな。大崎と同じ大学」



始業のチャイムが鳴ったと同時に、進は教室に飛び込んだ。
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