スマイリー
暖房が効いてきた。進は黒のマフラーを首から取って、単語集をバッグにしまった。



「1年生って、火曜日は0限ないんじゃないか?」



「朝補習のことですか?ないですよ」



沙優も、赤い布地に音符とピアノの鍵盤をあしらったマフラーを取って膝に置いた。



「じゃあなんでこんな早く?」



「早く行って勉強してるんです。家より学校の方がはかどるし」



進は感心した。この時間なら、7時20分には学校に着く。まだ1年生だというのに。沙優の熱心さが進の心を打った。



「えらい。うん、本当えらいな」



「あはは。よく知ってますね、あたしが誉められて伸びるタイプって」



この子もよく笑う。
進はふとそう思った。有華に似た雰囲気を彼女から感じるのはそのような理由からだろうか。



「本当にそう思ったんだよ。1年からそんなに頑張るヒトって、あんまりいないと思う」



「…あたし、西京行きたいんですよ」



進は驚いて、沙優の顔を見た。徐々に白んでいく空を眺めている沙優の顔は晴れ晴れとして、希望に満ちている。



「だから、1年の時から手抜きたくないんです」



「…そうなんだ」



進は複雑な感情に襲われた。



真面目で健気な沙優の姿に魅力を感じずにはいられないが、同時に進の中にはある種の嫉妬心が微かににじみ出た。



沙優にあって、進にないもの。西京に受かる準備をするための「時間」が、沙優には十分過ぎるほど存在する。



だが、進にはない―いや、進にもそれは用意されてはいた。用途の問題である。沙優は1年の時から無駄にしておらず、逆に進は無駄にしたというだけの話だ。



理屈で分かっていても、沸き上がる後悔の念は抑えようがない。そんな自分に嫌気がさす。
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