スマイリー
「…前島先輩、なんか元気ないですね」



沙優が心配して尋ねた。



「ああ、ありがとう。ちょっと寝不足なだけだよ」



進は慌てて嘘をついた。元気のない原因が、沙優本人にあるだなんて、言えるはずがない。



「寝不足は体に良くないですよ?勉強しなきゃいけないのは分かりますけど」



「そうだな。とりあえず0限で寝させてもらうよ」



「えー?そんなのダメですよ」



そう言って笑う沙優を見ていると、あの時彼女と一緒にいた淳也が、彼女を好きなのも納得がいく。さっきまで感じていた嫉妬に近い感情も、沙優の笑顔がたちまち吹き飛ばした。



「小林とは仲良くやってるの?あきらが一緒に帰ってたのを見たって」



「えっ、じゅ、あ、小林くんですか」



沙優が予想通りの反応をするのが面白かった。



「下の名前で呼んでるなら隠すことないじゃないか」



「いや、その…すみません」



頬を薄いピンク色に染めた姿がなかなか可愛らしい。こんな子に好かれるだなんて、淳也は相当な幸せ者だと、進は思った。



「“淳也”って呼んでるんだ?」



「…いえ、くん付けで」



「向こうは?」



「…名字です」



「…そうか」



片方はくん付け、片方は名字のまま。淳也の気持ちを知っている進は妙なもどかしさにさいなまれた。いっそここで、ふたりは両想いだと打ち明けてしまおうか、とすら思った。



だが、それがいかに飛躍的で、超道徳的で、アンフェアであるか、進には十分に理解できた。ふたりがじっくり愛を育む様子を、ほぼ他人である進は暖かく見守ることしかできないと言うことだ。
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