山桜【短編・完結】
「隆」

桜の木を愛おしそうに、まだ抱きしめている隆。

それは、千の姿と重なる。

「昔のあたしは」
(景丸は…)

「好きな人に想いを伝えることができなかったから…」

幸せはいつも、手を伸ばせば届く場所にあった。

けれど、直前になると波にさらわれるように、どこかへ消えてなくなってしまう。

ただひとつ、心残りがあったとするなら、きちんと想いを伝えられなかったこと。

「あたしは、隆のことが好き」

それは、
あたしが景丸だから。

隆が千だから、
じゃなくて…。

「あたしは、あたしとして。
隆が、好き」


サーッと。

あたしの頬を風が撫でた。

見上げた桜は、誇らしげに、あたしを見つめている。

舞落ちる桜の花びらが、あたし達との再会を喜んでいるような気がして。

あたしは、笑顔になった。



今はまだ、隆とふたりで誓えないけれど。

『今度こそ、幸せになるから』

あの日のふたりが、この桜に誓ったように。

あたし達にも、そんな日がくるのかわからないけれど。


手をつないで、あたし達は歩く。

未来へ向かって―――。

幸せを願って―――。


そんなあたし達を、いつまでも桜の木が見守っていた。





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