真輔の風
「来ないで。」
茜は人気の無い暗い道を無我夢中で走り、
目についた廃墟になっているような古い建物の階段を上っている。
さっきは無気力で力など見えなかったのに…
どこにそんなエネルギーがあるのか、
と思われるほどの速さで駆け上っている。
真輔は…
高校生になってもまともに運動をしたことが無かった。
家で短時間、栄作を相手に竹刀を握る事はあっても、
体育の時間はほとんどサボっていたし、
友達と真剣に球技などをしたこともない。
歩くことと自転車で学校まで行くだけだったから
茜の速さになかなか追いつけない。
瞬発力とそれに伴う精神力、持続力は
剣道の練習で身に付けているが…
練習前に祖父と一緒にゆっくり走っているだけ。
こんなに全速力で長く走ったことがなかった。
おまけに階段まで…
足が… 自分のものであって自分のものではない。
心臓が悲鳴を上げ、呼吸が止まりそうだ。
「茜。頼むよ、止まってくれ。」
真輔の声は哀願するような…
息切れで惨めに途切れ途切れだ。
「どうして付いてくるの。帰ってよ。
私に構わないで。」
茜はその言葉を返しただけで、
止まろうとはせず、
階段の続く限り上るようだ。