真輔の風
「真輔、お前、こいつを送って行ってくれないか。
俺はどうしても向こうへ顔出しをしなくてはならないから、
頼むわ。」
まだ陽も高い昼下がり、
別に送って行く必要など無いかもしれないが、
龍雄は変なところがあるようだ。
そして真輔も、
「わかった。」
と、ひと言返事をした。
さっきまで生バンドの練習を見ることに興奮していた真輔だったが…
どうして送っていかなくてはならないのか。
そんな事は考えていないようだ。
地下鉄を降り、
ロッカーに入れていたカバンを取り出し、
自転車に乗せて引いている。
真輔は雨が降らなければ自転車通学だ。
「君の名前は。家はどこ。」
初めて真輔が口にした言葉だ。
それまでは二人とも黙って電車に乗っていた。
それどころか、
真輔は百合子を見ようともしていなかった。
見ても…
この女はさっき龍雄にしたように、
下を向いて何も話さないだろう、
と思っていたのだ。
確かに車中の百合子は、
何を考えているのか空ろな目つきで窓を見ていた。