真輔の風
たくさん推理小説は読んでいるが、
主人公の探偵や刑事がこういう、
今真輔が体験したような感情の中に入ることはなかった。
そう、皆もっと成熟したクールな大人の男だったのだ。
そこが理解できていなかった。
だから真輔は自分の気持ちに戸惑っていた。
「真輔くん、早くいらっしゃいよ。
同じ方向だから乗っていってよ。」
茜も、何事もなかったように声をかけている。
まずい、あいつはまた上がって来るかも知れない。
また来たら…
今度は本当に頭が狂ってしまうかも知れない。
真輔は慌てて下へ降りた。
そして、いつものような無表情の真輔になり、
黙って川崎さんの車に乗った。
「真輔君、茜と友達になってくれたのね。
ありがとう。おばさん、嬉しいわ。」
車の中で昌代が優しく真輔に声をかけている。
茜も、後ろを向きながら微笑んでいる。
が、真輔の頭の中は、茜とのキスシーンでいっぱいだった。
祖母が声をかける前の茜の顔…
確かにキスがしたい、という唇だった。
必死にその心を追い払おうとしているのだが、
なかなか消えようとはしないから、黙っているだけだ。