真輔の風
「だって… 私たち、いつも隠れて会っていたから… 」
「どうして。」
真輔は話を聞いている晴美の姿が見えていない。
隠れて… 信一の言葉では、この横井は真面目な高校生、
勉強一筋のタイプではないか。
「だって… 小田切君は分からないでしょうけど…
私の父はうだつの上がらない地方公務員、
ええ、区役所の職員。
家が貧乏で高校しか行かれなかったから出世も出来ない、
と家では不平不満ばかり。
親の代わりに一生懸命勉強して、
良い大学へ行って、良い会社に就職しろ、って。
小学校へ入った頃から言われていたわ。
男と話す暇があるのなら勉強しろ、 ですもの。
高い金を払って塾へ行かしているのは何のためだ、って。
毎晩、顔を見るたびに、社会に対しての不満と共に勉強、勉強…
成績が下がればごくつぶし扱い… 」
晴美は感情を高ぶらせながら話しているが、
それでも最後には悲しそうな顔をしている。
「お母さんは。お母さんは何も言わないの。」
母というものと接したことのない真輔にはよく理解出来ない。
しかし自分の作った母親像は…
祖母を若くした、やさしい人だった。
「母も同じよ。パートに出ているから…
疲れて戻ってきても私たちが良い成績を見せれば疲れも吹っ飛ぶ、って。
弟がいるの。
私、あまり賢くはないから…
いくら勉強してもクラスで十番以内に入るのがせいぜい。
疲れちゃって… 二年になってボーイフレンドが出来たの。
ええ、実という二十二歳の男性。
実と出会って、話をするようになって…
とても楽しかったわ。
勿論塾の帰りとか…
あまりゆっくりは出来なかったけど… 」