僕の愛した生徒
それからの僕は
奈菜が視界に入る度に苛立ちを覚えた。
だから、廊下ですれ違う時には
わざと顔を大きく逸らし、
授業中は奈菜の席の方を見ないようにした。
でも
奈菜はどうしても僕の瞳に映り込んできた。
友達と笑い合う奈菜。
真剣に何かに取り組む奈菜。
僕の前で笑わなくなったこと以外は、以前と何も変わらずいる奈菜。
もう、僕の視界に入って来るな!!
僕はあんなにも苦しんだのに、
僕とはまるで何もなかったように
過ごしている奈菜が憎いとさえ思った。
そして
今年度も残り僅かになった、僕のクラスで行う授業。
でも、予定の単元はすでに修了しているので、この一年間の復習をしていく。
僕が板書する問題を、出席番号順に当て、生徒に答えさせていく。
回ってきた奈菜の順番。
「藤岡」
「…………」
返事をしない奈菜に、僕はもう一度、呼ぶ。
「藤岡奈菜」
「……………」
奈菜は窓の外を眺めていて、
呼びかけに気づく気配もない。
その様子に僕の中で何かがプチッと音を立てた。
僕は奈菜の机の側まで行き、
もう一度
“藤岡”と奈菜を呼ぶと
さすがにそれには気づいたようで
奈菜は僕のことを無表情で上目遣いに見つめる。
その顔に、僕の怒りが再び溢れ、それは頂点に達した。
「藤岡、僕の授業を受ける気がないのなら、この教室から出ていけ!!」
怒鳴った僕に顔色一つ変えず、僕を哀れむような目で見ている奈菜に、僕はハッとした。
この行為が教員としてやってはいけないことで、
それが体罰の対象となることも知っている。
でも、もう後には引けない。
「さっさと、出て行けよ」
僕はそう言って、無理やり奈菜の教科書やノートを閉じ、それを揃えて席を立つように促した。
生徒たちが、僕と奈菜のやり取りを固唾を呑んで見守る中、
奈菜は揃えられたそれを机の中にしまい、静かに席を立つと、
僕の顔を見ることもなく教室を出て行った。