僕の愛した生徒


僕は視聴覚室の窓際に凭(もた)れながら藤岡を待つ。


廊下に足音が聞こえる度、

僕の鼓動は大きくなり、
息苦しささえも覚える。

そして、その足音が遠ざかると
僕はホッと胸をなで下ろす。


それを何度か繰り返した。



しばらくして、再び聞こえてきたパタパタと早い足音。

それはこの部屋の前で止まる。


高まる緊張。


僕がこの部屋の戸に注目すると、

引き戸は静かに開き

そこにジャージではなく制服姿の藤岡が、息を切らせながら入ってきた。



「遅くなってごめんなさい」


藤岡は息も絶え絶えに開口一番に謝った。


「そんな急がなくても良かったのに」


「うん。でも、早く先生に会いたかったから」


藤岡は微笑んだ。



その藤岡の言動に、
僕の胸は重りがのしかかったように苦しくなる。

そして、これから僕が藤岡に告げようとしていることを考えると、

藤岡の目を見ることさえ出来なかった。



「先生?」


藤岡が不安な目をして僕を見つめる。


「あのさ……」



どう切り出せばいいのだろう?



僕は次の言葉を探す。


すると突然、校内放送が流れた。



『小野先生、至急、職員室までお戻り下さい』



それを聞いて、僕の胸が少し軽くなる。



「藤岡、悪い。
ちょっと職員室に行ってくるからここで待っていてくれ」


僕は頷く藤岡をこの場に残して、足早に職員室に向かった。
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