CHANCE 2 (後編) =Turbulence=
新星MUSICの新ユニット
【ORJANG】
こちらの方が1日早く、新ユニットの発表をした。
朝と夕方の情報番組で、生放送での披露だ。
KYUはもとよりPJも認知度は有り、この二人が従兄弟同士だと言う話題性もあり、イケメンな上にメチャクチャ歌の巧いこの二人にテレビ局でも大絶賛であった。
生放送でユニゾンの歌声を披露して、女性アナウンサー達がウットリとした表情で聞き入っていた。
翌朝は、
XYZからORJANGに!
と言う見出しで、スポーツ新聞各社の1面を全て独占していた。
PJとKYUのドアップ2ショット写真が、この日の朝の情報番組でも話題独占で、韓国SEMの新ユニット、G- sLdの日本デビューは申し訳程度にしか報道されなかった。
そして、アボジ(親父)が久しぶりに作詞作曲した【ARIGATOU。】と言う曲は、5週連続のオリコンチャート1位を記録した。
流石にアボジ(親父)の書く曲は凄い!
俺がなかなか太刀打ち出来ない、なかなか超えれない壁である。
お袋は、ARIGATOU。を毎日口ずさんでいるそうだ。
俺も、ORJANGとのコラボで、この曲を度々演奏させて貰ったが、弾けば弾くほど気に入って、俺は自分の単独ライブでも、この曲を演奏しているくらいだ。
そして、7月半ば、G-1グランプリの第2セクションも始まり、250人を相手に毎日忙しく動いていた。
ソナは、大学が夏休みに入ったけど、俺がずっと新星音楽会館に行ったきりで帰って来れないので、実家でおとなしく料理の勉強にせいをだしているそうだ。
今度からG-1グランプリは、アメリカの本家と同じように1ヶ月だけにしとこうっと!
そうじゃないと、毎回ソナと離れ離れに成ってしまってたまんない。
そして、50日間に及んだ第2セクションは、10日ごとに、125人になり、63人になり、31人から16人と減って、最終的に8人が勝ち残ったのだ。
なんと、やはりその中にはブロークン ヘッドの堺 皇成君も勝ち残っていた。
後は、全てセミプロと言われるインディーズ等で活躍しているギタリストばかりだ。
そして明けて9月9日、俺は久しぶりのわが家に帰ってきた。
駐車場には赤のハイブリットFITが停まっていた。
久しぶりの再会に胸を高鳴らせてリビングに入ると、そこにはソナのお袋さんも居た。
『チャンスさん、お帰りなさい。
ソナは、2階の掃除をしているから呼んでくるわね!』
と言って、タッタッタッと軽快に階段を昇っていった。
一体何故ソナのお袋さんも来てるんだろう?
疑問に思いながら、二人が降りてくるのを待っていた。