Four Tethers〜絆〜
「これ? あー大丈夫、あの婆さんのカードだから」

 確かに、あの店を貸してくれた老婆は、中川と名乗っていた。
 中川美恵子と言うのか。
 自分の店を貸してくれている大家のフルネームも、沙織は知らなかった。

「ま、これも本物かどうかわからないんだけどね〜」

 平然と綾は信じられないことを言う。
 本物かどうかわからない名義のカードを、偽のサインで使っていたというのか。
 この時点で沙織にはついていけない話になってきている。

「…ところで、背中の怪我は大丈夫なの?」

 話を現実に戻そうと、沙織は話題を変えた。
 綾はちらりと沙織を見るとポケットから煙草を取り出し、火を点ける。

「もしかして…お風呂覗いた時に見た?」
「のっ…覗いたんじゃなくて、ボディーソープを届けに行ったんでしょ…」

 綾の言葉に、慌てて弁解する沙織。
 すると綾は可笑しそうにテーブルを叩きながら大声で笑う。
 他のお客さんが何人か、驚いてこっちを見た。

「ち、ちょっと…!」
「あ〜ゴメンゴメン。ちょっとからかっただけなのにさ〜」

 それなのに沙織の反応が面白かったんだよ、と綾。

「大丈夫、あんなになってても痛みは全然ないから。悠が治してくれたの、わかるだろ?」

 煙をなるべく人のいない方へ吐きながら、綾は言う。
 治したらしいのは分かるが…沙織はその治療の現場を見たわけではないのだ。
 だが、どうしてあんなことになったのか、沙織は面と向かって綾に聞けずにいた。

「大丈夫ならいいけど…。綾、煙草吸うの?」

 一緒に住んでいるのに、家では綾が煙草を吸うところを見たことがなかった。
 綾は苦笑しながら答える。

「みんな実は吸うんだよね〜。あの家に入る時みんなで話し合って、リビングでは吸わないことにしたんだよ。沙織が嫌がるかなぁと思って」

 これでも結構気を使っていたんだ、と沙織は感心した。
 そんな気を使わなくてよかったのに。
 本当のことを言うと、これでも結構、毎日が楽しくなってきていた。
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