Four Tethers〜絆〜

ACT.4…『精神体』

 特に変わった事もなく、また何日かが過ぎた。
 梅雨もすっかり上がって、初夏を思わせる蒸し暑い日が続いていた。

「いや〜、ここが喫茶店でよかったよなぁ。店の中は天国だよ」
「ったくぅ…少しは手伝う気持ちになれないのかしら」

 毎日店の中でぶらぶらと遊んでいる綾。
 他の二人はちゃんと仕事しているというのに。

「なぁんだよ、あたしだってオヤジ相手にちゃんとサービスしてんじゃん」

 確かに、綾の振る舞いは中年男性に人気がある。
 最近では、仕事の合間に綾目当てにやってくるサラリーマンもいるほどだった。

「サービスって…ここはれっきとした喫茶店なんですからね?」

 テーブルを拭きながら、沙織が言った。
 分かった分かった、と綾は適当に相槌を打つ。
 もうそろそろ、営業終了の時間だった。
 後片付けを終わらせて外を見ると、夕焼けの名残がグラデーションになって海と空一面に広がっていた。
 こんな綺麗な色を見るのが、沙織は好きだった。
 と、その時。
 店の看板を片付けていた諒の動きが止まる。
 その気配を察したのか、綾も素早い動きで外に出た。

「来たか」
「上等」

 短い会話を交わす綾と諒。
 悠は沙織を庇うように、自分の身体の位置を変えた。

「…え?」

 その異様な緊張感が何なのか分からなくて、沙織は雑巾を持ったまま、その場に立ち尽くす。
 そして、綾達が見つめているその方向…海の方に目をやり、沙織は海の上に何か異質なものを感じてまばたきをする。
 目の錯覚だろうか、もやもやした“何か”が見えた。
 ――それはまるで、蜃気楼のような…。
 だが蜃気楼は徐々に固まっていき、数秒後、海の上には、一人の人間が立っていた。
 …そう、海の上なのに。

「あれは…?」
「ここから出ないで、沙織ちゃん」

 外に出て確かめようとした沙織を、堅い声音で悠が制止する。

「この中は間違いなく安全だから」

 悠はそう付け足して、口元に少しだけ笑みを浮かべた。
 しかし、その目は決して笑ってはいない。

「…おい、諒」
「あぁ。間違いなくこの前のヤツだな。実体化したか」

 そう言っている間にも、それはもう海から上がって道の向こう側まで近づいてきていた。
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