Four Tethers〜絆〜
 だがそれも、どういたしまして、と言う諒の笑顔に、呆気なく玉砕した。

「何、考えてた?」

 綾の隣に腰を下ろし、諒は煙草に火を点けた。
 うん…と綾は膝を抱えて頷く。

「ひとつ、気になることがあるんだけどさ…」

 高くなってきた波が、岩場に打ち付けて真っ白い飛沫をあげていた。
 諒は黙って、綾の言葉に耳を傾けている。

「この前のあれ、妙な事言ってたよな。『あれはどこ?』とかってさ。…あたし、まだ知らないことあるみたいだね」

 …諒はただ、黙っているだけだった。
 たまに『聞いてはいけないこと』と『聞かなくてもいいこと』の区別がつかなくなる時がある。
 何が怖いか。
 それは『知らないこと』だった。

『無知は最強であって、最弱である』

 そんな気がしてならなかった。

「…雨、降ってくるぞ」

 おもむろに諒はそう言うと立ち上がり、店に向かって歩き出す。
 あ〜もうマジムカつく、とか呟きながら、綾も諒の後に付いて行った。
 その背中に、綾は語り掛ける。

「いつまでもさ、心配して様子なんて見に来るなよ」

 その言葉に、諒は立ち止まった。
 それでも綾は続ける。

「あたしはもう、大丈夫だから」
「……」

 諒は振り向いて綾を見つめた。そして一言、

「…それも、知ってる」

 とだけ答えた。
 そしてまた歩き出す。いっそう風が強く吹き、とうとう雨が降ってきた。

(その知ってるっていうのがムカつくんだよ。わかってないなぁ、乙女心)

 そう思いながら、憮然とする綾。

「…さっきの女の子さ、あたしに『お友達になってくださ〜い』なんて言うんだよ」

 雨がだんだん強くなってくる。
 それでも、綾は急ぐ様子はなかった。
 諒も前を歩いている筈なのに、綾に歩調を合わせるかのようにゆっくりと歩いている。

「思わず『いいよ〜』なんて言っちゃった…」

 友達になれないことは分かっている。
 自分に関わると、その人にも危険が及ぶから。

(…そのせいで、あたしは大切なものを失った…)

 忘れることは、一生できない。
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