Thus, again <短>
「お兄ちゃん」
空気を一変させる呼びかけに、僕は息を止めた。
「あの日から、私はお兄ちゃんのためだけに生きてきた。だからどんなことでも頑張った。
お兄ちゃんと出逢った日から今日まで、私の全ては貴方だった」
真摯な言葉と、真っ直ぐに送られる視線に、心までも言葉を失う。
あの日の少女は、こんなにも気高く成長していた。
「もう。何か言ってよ」
「あ、いや。ごめん」
余裕のない自分に、彼女をガッカリさせてしまっているのではないだろうか。
一抹の不安に苛まれる。
「何かさ、今となってはその“お兄ちゃん”っていうのも、変な感じだな」
あの日の少女の長年の想いに、僕はどうでもいい会話でしか繋ぐことができなかった。
真剣な言葉であればあるほど、僕はそれに同じ言葉という手段で返すことが苦手なのだ。
幼い頃から、そんな練習をしてこなかったから。
そんな僕を、まるで全て理解しているかのように、目の前の少女は優しく頬笑んだ。
「高野光輝。お兄ちゃん、そんな名前だったんだね」
「え、知らなかったのか?」
「だって、あの頃はずっとお兄ちゃんって呼んでたもん」
そう言われればそうか、と納得する。
「朝倉ひかり。君のフルネームも初めて知ったよ」
名前すら、知る必要のなかったあの頃。
二人だけの世界で生きていたことを実感する。