Thus, again <短>
「“朝倉”はあれから、私を引き取ってくれた人の名字なの。昔の名前は忘れちゃった」
それから彼女は、僕があの部屋を去ってから、今までのことを話してくれた。
施設に引き取られてから、母親には一度だけしか会っていないこと。
その時に、きっぱりと、母親から不要だと告げられ、捨てられたこと。
まるで他人事のように、軽やかに話す彼女。
あれほど、母親を焦うて泣いていた少女が、笑って話せるようになるまで、
ずっと、たった独りで戦い続けてきたのかと思うと、涙に繋がりそうな感情が湧き上がってきた。
けれど、彼女が必死で、もう過去の出来事と消化して、笑って話しているのに、僕が泣くのは違うと思った。
ただ、何かを言葉にすると泣いてしまいそうだったので、僕は黙って、一度だけ大きく頷いた。
「でもね、施設から引き取ってくれた家族はすごく優しくてね。幸せだったし、楽しかった」
「そっか。よかった」
「あの日、貴方にも捨てられたと思って、恨みそうになった日も何度もあったんだよ。
だけど、やっぱり貴方のために私はずっと頑張って生きてきた」
過ぎ去った日々を懐かしむように、彼女は瞳の奥で、何処か遠くを見つめた。
それはきっと、僕の知らない景色だ。
計り知れない葛藤の後、それでも自分を想い続けてくれていた彼女に対し、
一番に湧き上がった感情は、嬉しさや、愛しさよりも、安堵だった。
彼女がいつまでも、ただ無邪気に、無垢に、自分を想い続けているだなんて、安易に考えていた自分が恥ずかしくなる。
僕は本当に、自分勝手だ。
何ひとつとして、僕を責めようとしない彼女の強さは、自分など、到底足元にも及ばないと思い知らされる。