よゐしこのゆめ。
「あ!ちょっと待って!わたしが決めて良い?」


「は?何で?」



男は、ものすごく不機嫌そうな顔をした。


そりゃそうだろ。

初めて会った大人の男に名前を付けたがる女なんて、たぶん一般的じゃない。



「何となく……。たぶんね、わたしにはまだ、元彼への未練が少し残ってる。あなたとは、それが完全になくなってから出会いたいな、って」


「何か、小説みたいな話だな……」


「たまには、非現実的なのも良いでしょ?」



そう言うと、女はにやりと微笑んだ。


その横顔が、すごくやわらかくて、思わず見入る。

それは、男も同じみたいだった。



「わかったよ。じゃあ、好きな名前を付けて」


「うーん……じゃあ、“フジ”で!」


「は?」


「ここ、藤の下だし。わたし、藤ってすごく好きなの」



いや、その名前は気の毒すぎるだろ……


初めて会ったとは言っても、2人の息は結構合ってる。

それに、男は少なからず、女のことを気にしてるはずだ。


その女からこんな適当な名前を付けられたら……勘弁してくれ。



「藤の花言葉、知ってる?」


「いや……」


「藤の花言葉は、“恋に酔う”なんですって!何か素敵でしょ?」


「恋に、酔う……か」



“恋に酔う”

そこには、女と男の恋が始まりを予感させるような雰囲気がある。


男もそれに気付いたのか、小さく笑うと女を見つめた。
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