堕天使の宿
かかり湯をして、すぐに浴槽に身体を沈めた。熱くもなくぬるくもない、ちょうどいいお湯だった。

「ふあ~っ」思わず大きな声を上げた。体全体が安堵の反応をしている。
 これよ、これ。これがまさしく「癒し」の骨頂たるべき入浴シーン。
 体の隅から隅までのすべての毛細血管が、ファジーなリズムで血液を張り巡らせている。
 枯れ庭と朧月の借景もさることながら、真冬というのにさほど寒くはなく、巣篭もりに遅れた秋の虫たちが、これまた絶妙な間合いで啼いてくれている。

 私はしばらく湯船に浸りながら、この風情に耽溺した。

 どれくらいたったのだろう。
 長旅の疲れからか裸のままでうとうとしかけた。
 
 いかん、いかん。このままでは必ず風邪を引く。
 明日からまたこの風情を堪能すればいいと、湯船から立ち上がろうと思った途端、背後から男の声がした。
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