堕天使の宿
 「・・・・あっ、あのう」
 「きゃあ~!!」私は今までの風情を完全に否定するほどの大音量で反応しなければならなかった。
 「・・・・だっ。大丈夫ですか?」
 「・・・・はっ、はい。すみません」なぜ私が謝らねばならないのだろうか?
 「ゆ、湯加減はどうでしょう?湯を沸かすのは久しぶりなもので・・・」どうやら宿の主のようだ。
 ここで少し落ち着いた。と同時に、腹が立った。私は客だ!!屋外からとはいえ、壁ひとつ隔てて、うら若き乙女が絹ひとつ纏わぬ姿で湯船に浸かっているのだぞ!!デリカシーってものがないのかい!!
 私は、神聖な空気を乱された悔しさと、見られてもないのにすべてを見られたような恥ずかしさと著しくデリカシーがない相手に対するえもいわれぬ怒りのすべてを、それでも一言

「大丈夫です」

 と惨めなほどに小さな声で言うしかなかった。

 湯屋で完全に隙を突かれて、撃墜されて憔悴しながら部屋に戻った私は、この世で一番情けない顔をしながら、それでも明日からの滞在を思いながら部屋の隅においてあった古びれた電気ポットでお湯を沸かし、持参したカップラーメンを作って食べた。
 ポットのお湯はすこぶるぬるく、少しぱりぱり感のある生煮えの麺となった。
 しかたなく、空腹のおなかに何とか詰め込むように食べ終わると、部屋に敷いてあったすこし湿っぽい布団に横になり、このへんてこな旅の一日目を自嘲的に回想し、もうどうにでもなれとばかりに最後は笑いながら夢路に旅立った。
 
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