堕天使の宿
 変な夢を見た。
 どこか労務者風の大男が雪駄をはいてにこやかな顔をしている。
 その隣にうだつの上がらない中年サラリーマンが、これまたにこやかな顔をしている。
 すすけた作務衣を着た宿の主も同様に、にこやかな顔をしている。
 三人は互いに手をつなぎ、焚き火の周りをくるくると踊りながら回っていた。
 それを眺めていた私は、いつの間にか焚き火と入れ替わっていて、三人に囲まれながら私もつられて微笑んでいる。
 微妙に、奇妙に、その輪は調和が保たれていた。穏やかな光景だ。
  突然つながれていた手が離れ、それぞれが私に背を向けた。
 そして、背中にはまるで天使のような羽が生えていた。
 やがて、空の上から光がさしたかと思うと、一人ずつやにわに振り返り、羽を羽ばたかせて飛んでいった。
  ふと気づくと、荒涼たる大地に冷たい風が吹いていて、さっき飛んでいったはずの作務衣を着た宿の主だけが屈んで、七輪で火を起こしていた。
 背中には、何故か片方の羽しかなく、主の顔はどこか悲しそうだった。

 そして突然、いい匂いがした。
 ん?匂い?夢に匂いなんてあるのかな?
 ノスタルジックな光景が急に現実的疑問にすり替わったところで、目が醒めた。
 寝ぼけながら窓の外を眺めると、その疑問は氷解した。
 魚のみりん干しか何かが、良いように炙られたようないい匂いだった。
 案の定、宿の庭で魚のみりん干しが程よく焼けていた。
 焼いているのは宿の主。夢で見た格好と寸分たがわぬスタイルで、その表情もどこか悲しそうだった。

 お腹が鳴り、朝が来たことが、ようやく理解できた。
< 12 / 12 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

公開作品はありません

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop