堕天使の宿
どうも、あまり客あしらいに慣れていないようだ。私がせっかち過ぎるのだろうか?
 それとも、あんなじれったさが都会の喧騒を忘れさせてくれる癒しの方法なのだろうか。
 いずれにしても、癒されにきたのだ。イラつくために来たのではない。
 「こちらを、とりあえずお使いください」佐久間がいう。
 とりあえずってどういうことなんだろう?予約しているはずなのに、ちゃんと準備していなかったのか?それとも連絡が取れないから勝手にキャンセルしたと思われてたかな。
 ま、ここまでくれば、そんなことどうでもいい。長旅で少し疲れている。おなかもすいているが、こんなこともあろうかと、鞄にカップラーメンをいれてきたのだ。後でお湯をもらえばいい。
 先にお風呂に入ろう!
 着替えを用意して、浴衣に着替えた。すこしきな臭いことも無くは無かったが、古宿の粋だと思えば、味のあるにおいだと思った。
 部屋の並んだ廊下を突き当たると、外の浴室に向かう回廊があって、そこにもランプが灯っている。回廊からは薄く曇った月明かりが見られた。朧月だ。なんと美しい光景なのだろう。
 しばらく回廊でうっとりと月空を見上げていた。

 お風呂が古風というか、殺風景というのかどちらともとれないのは、私がまだイラついているからなのだろう。
 いけない、いけない。私はこの「寂れ具合を」堪能し、癒されに来たのだ。途中で変なトラブルに巻き込まれたからといって、焦っちゃいけない。
 脱衣場で浴衣を脱いだ時には、心拍数は元に戻っていて、湯殿の向こうに見える小さな枯れ庭と、さっき回廊で見た朧月に風情を感じれるようになっていた。
 恐る恐る湯殿の中に入る。
 
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