玉依姫
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内親王凛子が、伊勢に出立する当日。
内密なので、早朝に清涼殿を出た。
「凛子、これを」
そう言って父がくれた漆塗りの美しい櫛を手に握りながら、凛子は隣に座る女性を見上げた。
朝、清涼殿を出るとき、付き人としてついてきた女だ。
綺麗な長い黒髪に、白い肌。
美しい女性だった。
名を、樟葉(クズハ)と言うのだそうだ。
紅を差した薄い唇に弧を描き、上品に笑う姿は、都にいる母を思い出させた。
「か…さま…」
「お母様が恋しいですか、姫宮様」
「………樟葉」
長旅になるからと、自分達は今輿の中だ。
「姫宮様」
樟葉…………すなわち勒天は、凛子の手を握り、優しく話し掛ける。
「姫宮様はお母様のために、伊勢に下るのですよ。姫宮様がそのように弱気でしたら、祈りは神に届きません。大丈夫です。私がおりますよ」
そう言って、勒天は輿の物見戸を開けた。
雨が降っている。
天意に沿わぬ、雨が。
「早く仮宮に着くと良いですね」