あたしの愛、幾らで買いますか？

『もう出ないよ』


その合図だろうか。

喉の奥にひりひりと痛みを感じる。

あたしは、トイレにヘタヘタとしゃがみこみ

肩で呼吸をする。


「…うー…」


気持ちが悪すぎて唸り声しか出ない。


助けて。

助けて…

苦しい…―。


水分を吐き出しきったからだろう、

頭が朦朧とする。

あたしは這うようにトイレから出て、

壁を伝いキッチンへ向かった。


適当にコップを借りて

水道から出る水を飲んだ。

ミネラルウォーターじゃない水は

ちっとも美味しくなんかなかった。

でも、

関係なかった。


朔羅が帰ってきたら、笑顔で言いたいんだ。

‘おかえりなさい’

そうやって言いたいの。


あたし、

物心ついた時から、親に対してとか

言ったことがなかったから。

どんな感じか知りたいの。


仕事モードの


【滝川春人】


のスイッチを

プライベートモードの


【朔羅】


にしてあげたいの。

あたしに出来るかわからないけれど、

それでも玄関が開いた音がしたら

駆け寄りたいの。