六天楼の宝珠〜亘娥編〜
名ばかりとは言え前の夫であった戴剋は、晩年迎えた側室を決して人目に出そうとはしなかった。唯一の例外が今の夫碩有で、翠玉は夫の遺言によって碩有に嫁す事となった。
年上の妻にひどく甘い今の夫は、邸内をほぼ自由に歩く許可を与えてくれた上、外出時にと洛内でも滅多に見かけない車を彼女用に用意さえした。
もっとも、外出する様な用向きなど自体はそう滅多にあるものではなかったが。
そう、甘すぎるくらいの人なのだ──恐らく基本的には。
「……私はただ、思いもかけない場所で幼馴染に会ったのが色んな意味で驚きだったのです。だから出来れば一人にして頂きたかっただけなのに……」
だから昨日、怒り心頭に達して彼を追い出してしまった。
あまつさえ「しばらく来ないで結構です」という捨て台詞付きで。
側仕えの紗甫は勿論、護衛の阿坤も女主人の叫び声に何事かと馳せ参じ──とりあえず一瞬で状況を理解したらしかった。
即ち、夫婦喧嘩というものであると。
「お気の毒な話ですね」
「でしょう?」
「御館様が」
女主人の困惑の視線にも阿坤は全く動じなかった。
「かつてこれほど自由を与えられた夫人はいないと評判になる溺愛ぶりなのに、嫉妬一つで拒絶されるとは。心中お察し申し上げますよ」
「……そんなに機嫌が悪かった?」
相手が誰であっても歯に衣着せぬもの言いをする彼女の美点にも、今ばかりは多少の決まりの悪さを覚える翠玉だった。
ふと碩有が部下や使用人に八つ当たりをしてはいないか少し不安になる。そんな人ではない筈なのだが。
年上の妻にひどく甘い今の夫は、邸内をほぼ自由に歩く許可を与えてくれた上、外出時にと洛内でも滅多に見かけない車を彼女用に用意さえした。
もっとも、外出する様な用向きなど自体はそう滅多にあるものではなかったが。
そう、甘すぎるくらいの人なのだ──恐らく基本的には。
「……私はただ、思いもかけない場所で幼馴染に会ったのが色んな意味で驚きだったのです。だから出来れば一人にして頂きたかっただけなのに……」
だから昨日、怒り心頭に達して彼を追い出してしまった。
あまつさえ「しばらく来ないで結構です」という捨て台詞付きで。
側仕えの紗甫は勿論、護衛の阿坤も女主人の叫び声に何事かと馳せ参じ──とりあえず一瞬で状況を理解したらしかった。
即ち、夫婦喧嘩というものであると。
「お気の毒な話ですね」
「でしょう?」
「御館様が」
女主人の困惑の視線にも阿坤は全く動じなかった。
「かつてこれほど自由を与えられた夫人はいないと評判になる溺愛ぶりなのに、嫉妬一つで拒絶されるとは。心中お察し申し上げますよ」
「……そんなに機嫌が悪かった?」
相手が誰であっても歯に衣着せぬもの言いをする彼女の美点にも、今ばかりは多少の決まりの悪さを覚える翠玉だった。
ふと碩有が部下や使用人に八つ当たりをしてはいないか少し不安になる。そんな人ではない筈なのだが。