六天楼の宝珠〜亘娥編〜
「耳飾りを拾ってくれて。とても大切なものだったの」

 月明かりにさえ輝くその貴石を受け取り握り締め、すぐさま自分の耳に付ける。一瞬翠玉は彼女が泣き出すのではないかと思った。口元は笑みを形作っているというのに。

「……思い入れのあるお品なのですね」

 きっと恋人からの贈り物だったのだろう。普通に考えれば、碩有の父親からという事になる。

 夫の両親の恋愛を思い顔を綻ばせた翠玉を、迎えたのはだが複雑そうな瞳の色だった。

「ええ、忘れてはいけないものだという点ではすごく。思い入れというよりは妄執ね」

「──え?」

「何でもないわ。ところで貴方は今日一人みたいだけど、あの子とはどう、上手くいっている?」

 翠玉はすぐには返事が出来なかった。不躾(ぶしつけ)な内容と、痛いところを突かれたと思ったからというのもある。

「私、まだ名乗ってもいないと思うのですが」

 ようやく切り返すと、軽やかな笑い声が起きた。

「ここは六天楼の主人が住まう房ですもの。側室なら別の房に入れられるし、夜中にそんなあられもない姿で房から出て来るなんて、当主の夫人しかありえないわ」

「そ、そうですね。なるほど……」

 絹の寝着に褂を羽織った姿をあられもないと言われれば、確かに紗甫などはそんな恰好はしないだろうと思った。

 さらに言外の意味を汲み取れば、この人はかつて此処に住んでいたはずだ。見覚えがあって当たり前だろう。

「最近の邸内の話はあまり聞いてないから、詳しくは知らないけど。早いものよね、もう夫人を迎えたなんて」
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