六天楼の宝珠〜亘娥編〜
季鴬の眼差しは遠く、何処か別の場所に思いを馳せているかに見える。
領主が結婚する年齢としては、二十五歳は決して早い方ではない。
この辺りでは、庶民でさえもおおむね二十歳前に結婚するのが慣例だ。
それは男女の別を問わないし、貴人ならば尚の事、政略的な思惑も絡んで婚約なども早く、十代での婚姻も珍しくなかった。
「碩有様は御年二十五にお成りですが……遊学なさっていなければ、二十歳にはご結婚なさっていたでしょう」
戴剋の思惑など知らないままな彼女は、ただ前夫が側室の処遇を案じて計らっただけだと思っている。
もし二十歳の頃なら祖父は存命だ。自分などとは結婚しなかったのだろうな──想像が飛躍して勝手に少し切なくなりそうなのを慌てて振り払った。
それにしても明らかに高貴なこの女性は、息子の年齢をまさか覚えていないのだろうか。
夫から父親はともかく、そう言えば母親の事を聞いた覚えがない。
なのでこちらからもあえては聞かず、漠然と亡くなったのだろうと思っていた。──だが。
「そうね。でも私が言うのはそんな意味ではないのよ。あの子が貴方みたいな伴侶を得られる日が来るなんて、と思ったの」
あの子は私の血を分けた人間だから。
呟くとやはり先ほどと同じほろ苦い笑みをひらめかせた。
何か言おうと翠玉が口を開いた一瞬に先じて、季鴬は「此処は冷えるわね」と身を縮める。
「今日は本当にありがとう。良かったら明日にでも、私の住まいにいらっしゃらない? 改めてお礼もしたいし」
「いえ、そんな。ただ拾ったものをお返ししただけです。お気になさらないでください」
「じゃあ、気軽に来て話し相手になってもらえる? 実は私、長く世間から離れていたの。貴方みたいな方が訪ねてくれたら、鉦柏楼も華やぐわ」
領主が結婚する年齢としては、二十五歳は決して早い方ではない。
この辺りでは、庶民でさえもおおむね二十歳前に結婚するのが慣例だ。
それは男女の別を問わないし、貴人ならば尚の事、政略的な思惑も絡んで婚約なども早く、十代での婚姻も珍しくなかった。
「碩有様は御年二十五にお成りですが……遊学なさっていなければ、二十歳にはご結婚なさっていたでしょう」
戴剋の思惑など知らないままな彼女は、ただ前夫が側室の処遇を案じて計らっただけだと思っている。
もし二十歳の頃なら祖父は存命だ。自分などとは結婚しなかったのだろうな──想像が飛躍して勝手に少し切なくなりそうなのを慌てて振り払った。
それにしても明らかに高貴なこの女性は、息子の年齢をまさか覚えていないのだろうか。
夫から父親はともかく、そう言えば母親の事を聞いた覚えがない。
なのでこちらからもあえては聞かず、漠然と亡くなったのだろうと思っていた。──だが。
「そうね。でも私が言うのはそんな意味ではないのよ。あの子が貴方みたいな伴侶を得られる日が来るなんて、と思ったの」
あの子は私の血を分けた人間だから。
呟くとやはり先ほどと同じほろ苦い笑みをひらめかせた。
何か言おうと翠玉が口を開いた一瞬に先じて、季鴬は「此処は冷えるわね」と身を縮める。
「今日は本当にありがとう。良かったら明日にでも、私の住まいにいらっしゃらない? 改めてお礼もしたいし」
「いえ、そんな。ただ拾ったものをお返ししただけです。お気になさらないでください」
「じゃあ、気軽に来て話し相手になってもらえる? 実は私、長く世間から離れていたの。貴方みたいな方が訪ねてくれたら、鉦柏楼も華やぐわ」