六天楼の宝珠〜亘娥編〜
それじゃあ、と片手をひらひらと振って彼女は来た時同様、闇に溶け入る様に去っていった。
遠慮がちに手を振り返して見送り、翠玉は房へと戻る。身体がすっかり冷えてしまっていた。
何処か腑に落ちない。
──亡霊と囁かれるからには、もっと奇矯な人物を想像していたのに。
全くそんな風には思わなかった。人懐こい、いかにも育ちの良さそうな女性ではないか。
ただ季鴬の印象と、何処か陰りを見せる言葉の数々は落差があり、翠玉の興味をかきたてた。
──明日、鉦柏楼を訪問してみよう。
阿坤は「禁じられている」と言ったが、住人に許可をもらったのだ。今度は駄目と言われはしないはずだ。
翠玉は籠に丸まって眠る莉を抱き上げ、寝台へ持ち込みながらそんな事を思った。
※※※※
「駄目です」
あくる日の朝、食事を終えるや否や鉦柏楼へ行きたいと告げると、阿坤はにべもなく答えた。
「どうして! 季鴬様が『来てほしい』って仰ったのよ。一体何の不足があって」
「鉦柏楼に人が入るのを禁じているのは、棲んでいる方ではないからです」
「じゃあ誰が!」
言いながらも嫌な予感がして、翠玉は言葉をためらった。
そんな事が出来る者なんて、一人しかいない。
「はい。御館様に許可を頂かなくてはあちらに渡る事は出来ません」
「でもこの間は、『此処は御館様自身も入るのを禁じられている』って」
遠慮がちに手を振り返して見送り、翠玉は房へと戻る。身体がすっかり冷えてしまっていた。
何処か腑に落ちない。
──亡霊と囁かれるからには、もっと奇矯な人物を想像していたのに。
全くそんな風には思わなかった。人懐こい、いかにも育ちの良さそうな女性ではないか。
ただ季鴬の印象と、何処か陰りを見せる言葉の数々は落差があり、翠玉の興味をかきたてた。
──明日、鉦柏楼を訪問してみよう。
阿坤は「禁じられている」と言ったが、住人に許可をもらったのだ。今度は駄目と言われはしないはずだ。
翠玉は籠に丸まって眠る莉を抱き上げ、寝台へ持ち込みながらそんな事を思った。
※※※※
「駄目です」
あくる日の朝、食事を終えるや否や鉦柏楼へ行きたいと告げると、阿坤はにべもなく答えた。
「どうして! 季鴬様が『来てほしい』って仰ったのよ。一体何の不足があって」
「鉦柏楼に人が入るのを禁じているのは、棲んでいる方ではないからです」
「じゃあ誰が!」
言いながらも嫌な予感がして、翠玉は言葉をためらった。
そんな事が出来る者なんて、一人しかいない。
「はい。御館様に許可を頂かなくてはあちらに渡る事は出来ません」
「でもこの間は、『此処は御館様自身も入るのを禁じられている』って」