六天楼の宝珠〜亘娥編〜
──碩有様。
長椅子に斜めに座って肘あてに腕を投げ出すという格好は、疲れて見えた。いつも姿勢の悪くない彼には、らしからぬものだ。やつれていて尚色気さえ感じる姿が、まるで知らない人の様に新鮮に映る。
翠玉は自分が妙に緊張しているのを感じた。心臓が早鐘を打っている。
その存在から目が離せないのに、同じくらい息苦しくて逃げ出したい。
「奥方様、お時間が」
背後からの冷静な囁きに弾かれ、足を進める。
階近くに立つと、踏みしめた砂利が音を鳴らした。
「碩有様」
掛けた声があまり上ずっていなかった事に、翠玉は己を褒めてやりたかった。
驚きに目を見開く夫と、更に奥に控える朗世がこちらを凝視している。
「おはようございます。あの、朝から申し訳ないのですが、すぐに終わりますのでお時間を頂けませんか?」
明らかに歓迎されていない雰囲気は、彼女を打ちのめした。
やはりお怒りなのだろうか。それとも単に執務前に邪魔が入ったのを非常識だと咎めているのだろうか。
返事がない無言の間にそんな風に考えていると、二人が何やら耳打ちするのが見えた。
次いで朗世が一礼して房から出ていく。
碩有は椅子にもたれた体勢のまま、感情を窺わせない眼差しをこちらに向けた。
「それで、いきなり何の御用ですか」
──ああ、やはり怒っている。当り前か。
いたたまれない己を叱咤しつつ、言葉を探した。
「……先日は済みませんでした。追い出したりしてしまって、反省しています」
彼はこめかみを押さえていた右手を離し、少しばかり姿勢を正して座り直した。
「とりあえず──中に入ってください」
長椅子に斜めに座って肘あてに腕を投げ出すという格好は、疲れて見えた。いつも姿勢の悪くない彼には、らしからぬものだ。やつれていて尚色気さえ感じる姿が、まるで知らない人の様に新鮮に映る。
翠玉は自分が妙に緊張しているのを感じた。心臓が早鐘を打っている。
その存在から目が離せないのに、同じくらい息苦しくて逃げ出したい。
「奥方様、お時間が」
背後からの冷静な囁きに弾かれ、足を進める。
階近くに立つと、踏みしめた砂利が音を鳴らした。
「碩有様」
掛けた声があまり上ずっていなかった事に、翠玉は己を褒めてやりたかった。
驚きに目を見開く夫と、更に奥に控える朗世がこちらを凝視している。
「おはようございます。あの、朝から申し訳ないのですが、すぐに終わりますのでお時間を頂けませんか?」
明らかに歓迎されていない雰囲気は、彼女を打ちのめした。
やはりお怒りなのだろうか。それとも単に執務前に邪魔が入ったのを非常識だと咎めているのだろうか。
返事がない無言の間にそんな風に考えていると、二人が何やら耳打ちするのが見えた。
次いで朗世が一礼して房から出ていく。
碩有は椅子にもたれた体勢のまま、感情を窺わせない眼差しをこちらに向けた。
「それで、いきなり何の御用ですか」
──ああ、やはり怒っている。当り前か。
いたたまれない己を叱咤しつつ、言葉を探した。
「……先日は済みませんでした。追い出したりしてしまって、反省しています」
彼はこめかみを押さえていた右手を離し、少しばかり姿勢を正して座り直した。
「とりあえず──中に入ってください」