六天楼の宝珠〜亘娥編〜
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 四番目に生まれた娘だから「季鴬」と、名づけられたと聞いている。

 上は男ばかり三人兄弟。ただ一人の姫として、甘やかされて育ったという自覚がなかったわけではない。兄達はいつも季鴬を遠出に連れて行ってくれたし、父や母も欲しいものは何でも与えてくれた。

 ただその嗜好は少しばかり偏っていたから、よくある着物や瓊瑶の様なものではなかったけれども、より手に入れにくいわけでもない。山野を駆けずり回って育った娘は、鳥や野草についての書物が大好きだった。瓊瑶よりも川に転がる石を集めるのを望んだ。

 ともあれ彼女は十八の歳まで、自然豊かな鄭(てい)家の領地で何不自由なく過ごしたものである。──以前定めた約定通り、陶家に嫁ぐ日がやって来るまでは。

 口さがない彼女付きの侍女は、陶家を「格下」と陰で蔑んだ。確かに歴史は鄭の方が大分古いと、母ですらも言っている。それを嘲る理由はよくわからなかったが、何処か頭の隅にあったのかもしれない。

 だから季鴬は、夫となる慎文を初めて目にした時思ったものである──これからはこの優しげな人が、私の家族の代わりに私の世話をしてくれるのだと。

「野遊びが好きだと聞いていたけど、貴方の肌は白いのだね」

 嫁して最初に肌を許した時に、その白さを褒めて慎文は微笑んだ。破瓜(はか)の衝撃に微笑み返す事は出来なかったけれど、言葉は印象強く彼女の記憶に残っている。

 思えばあの時から既に、夫に笑顔を向けられない日々は始まっていたのかもしれない。

 楼から一歩たりとも出られないという閉塞した環境は、想像以上に辛いものだった。

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