六天楼の宝珠〜亘娥編〜
 よって六天楼が整った時、当代の領主は『掟』を定めた。

 領主以外の男性との一切の接触を禁じる事。たとえ家族であっても例外はない事。

 六天楼からの外出を禁じる事(ただし、領主の命によって離縁あるいは隠遁させる場合は館から出された)。

 その他、側室が複数いる場合、側室同士の接触も禁じられていた。無論、諍いを避ける為である。

 いかに当主が便宜を図ったとはいえ、陶家は他にも一族の者達が数多くいて、事業などを起こす時にはお伺いの様なものを立てたりすると聞く。自分を外に出すに当たって、すんなり同意を得たとは思えなかった。

 翠玉の危惧をよそに、碩有は全く事もなげな顔をしていた。

「何だ、そんな事ですか。気にしなくてもいいのに」

「……本当に良かったのですか。掟を破ったりして、一族のかたがたに反対されたのではありませんか」

 外出を許可された、と聞いた時の槐苑の不可解な態度を思い出して、翠玉は眉宇を曇らせる。

──御館様のお気持ちはわからぬでもないが、領主ともあろう者が妻女に入れあげるとろくな事がございませぬ。不吉な。

 不躾なのが槐苑だとわかってはいたが、言うに事欠いて不吉な、とはどういう意味だろう。

「破ったのではありませんよ。変えたのです。確かに文句は言われましたが、元々決めたのも私の何代か前の領主ですから問題はありませんでしたよ。それでなくとも祖父の代の晩年には、有名無実に近いものになっていましたし」

 言葉とは裏腹に、何故か碩有の表情に影が差した。

「えっ? でも私は、戴剋様からその頃、決して房から出るなと……」

 妻の言葉に幾分決まり悪そうな顔になり、影が薄れる。

「そうですね。お祖父様が何をお考えだったのかは、疑問な所もあるのですが」
 わざとらしく咳払いをした。

< 4 / 77 >

この作品をシェア

pagetop