六天楼の宝珠〜亘娥編〜
 いつの間にか泣き止んでいた碩有の小さな頬に、指を添えて撫でる。

 赤子は嬉しそうに笑い声を立てた。母親から抱き取り、腕に包み込んで彼もまた破顔した。

「私がわかるんだね。……長い間放っておいて、済まなかった」

 穏やかな、愛情に満ちていると誰でもわかるだろう声音が、季鴬の胸を締め付ける。

──私は。

 その言葉は、自分へのものではない。当然だ。

 唇を噛みしめて悔しさを堪えていると、不意に槙文がこちらを見た。

 かつて見た事がない、訴えてくる様な真剣な眼差しだった。

「それとも、賭けをする必要はない? ……だったら今のうちに、何か言っておいた方がいいと思うよ」

「──なっ」

 隠していたものを見つけられた時の気まずさにも似て、季鴬は顔を赤らめた。

「い、言ったじゃない。危険だから止めなさいって。聞き入れないというのなら、他に言う事なんて。気をつけて、ぐらいしかないわ」

「そう。じゃあやっぱり賭けるしかないな」

 顔がさらに近づいて、かすめる様に唇が触れた。

 びくり、と震えた季鴬に笑って槙文は、赤子をその手に戻す。踵を返して戸口へと向かった。

「今日はもう帰るよ。明日は朝早くに立つ。戻るのは七日後だ。賭けに負けた時の心の準備をしておくんだね」

 薄く笑って、去っていったその背中を季鴬は呆然と目で追っていた。長い間、微動だにしないままで。

──引き止めるだけでは駄目だったのだろうか。

 もっと愛情溢れる言葉を期待されていたのかもしれない。他の側室達はきっとそうしたのだろう。
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